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あきさねゆうの荻窪サイクルヒット

アラサー男子がブロンプトン・ロードバイク・プロ野球・メジャーリーグ・ラーメンネタ中心にお送りします。

ビッグデータベースボールが考える戦力補強とは?

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20年連続負け越し中のピッツバーグ・パイレーツは、2013年シーズンからビッグデータに基づく守備シフトを採用することにしました。

守備シフトによって、うまく行けば5勝から10勝ほどの勝ち星が見込めそうです。しかし、それだけではプレーオフに進出できるだけの勝ち星はあげられません。

何しろパイレーツには、まとも先発投手と正捕手が不在だからです。低予算チームと言えども、最低限の補強は必要です。パイレーツはいかにして不足している戦力補強を行ったのでしょうか?

※こちらの記事で守備シフトの採用に至る経緯について書きました。

メジャーリーグで最先端の「ビッグデータベースボール」とは何か? - あきさねゆうの荻窪サイクルヒット

マネー・ボールにハマった人なら確実にハマるに違いない『ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法』を読んだ感想を引き続き書いて行きたいと思います。

正捕手の補強のために、ラッセル・マーティンを獲得する

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2012年シーズン、マーティンはニューヨーク・ヤンキースに所属していました。あの黒田博樹とバッテリーを組んでいた捕手です。

133試合に出場し、HR21本は打ったものの、打率は自己ワーストの.211でした。年齢も30歳となり、スピードも衰え、ピークを過ぎた選手だと判断されていました。ヤンキースから契約延長の打診はあったものの、かなり買い叩かれた額を提示されていました。

その中で、パイレーツはマーティンに2年総額1700万ドルの契約を打診します。2年1700万ドルとはいえ、パイレーツにとっては大金です。パイレーツがFA選手にこれだけの大金を出したことは、いまだかつてありません。

そのことをマーティン自身もよく分かっているため、一体なぜ自分をこれほどに必要としているのか気になります。

HR21本打ったとはいえ、スピードの衰えた打率.211の捕手は、せいぜい1年400〜500万ドルほどの契約が妥当です。

一体パイレーツは、マーティンの何に大金を投じようとしたのでしょうか。

PITCHf/xの誕生により、新たな捕手の価値が判明する

PITCHf/xとは、メジャーリーグの球場に設置されてリアルタイムで投球データの収集を行うシステムです。

投球の軌道を記録することができて、投手の持ち球の割合などのデータ収集が正確に行えるようになりました。

投球の軌道が分かるということは、その球がストライクゾーンギリギリを通過した場合に、本当にストライクだったのか、本当はボールだったのかも分析出来るようになります。

そこで「ピッチフレーミング」と呼ばれる新たな指標が生まれます。

「ピッチフレーミング」とは、ボールかストライクかきわどいコースの投球の判定に影響を与える捕手の技術を指します。

日本でもキャッチャーの捕球技術に関しては、古田敦也が非常に長けた選手であることは、感覚的には理解出来ることでしょう。ビッグデータベースボールによって、「ピッチフレーミング」をデータで示すことが出来るようになりました。

これまた野球マニアがPITCHf/xのデータを用いて、それぞれの捕手が本来ならストライクのはずの投球をどれくらいボールと判定されていたか、その逆はどれくらいかを測定しました。

これによって、2007年に120イニング以上捕手として出場した選手の間で、ピッチフレーミングの能力によるプラスとマイナスの価値に驚くほど大きな差があることが分かりました。

全捕手の中で最も好成績を残していた捕手は150球あたり0.85点の失点を防ぎ、一方で最下位の捕手は150球あたり1.25点を失っていた計算になります。

150球と言えば、ちょうど1試合分くらいの球数です。キャッチャーの捕球技術の違いだけで、最大2点近くも失点が変わることに驚きです。

この1位の捕手と最下位の捕手が、仮に1シーズン162試合先発マスクを被った場合、250点の差、つまり25勝分の差があると言うのです。

マーティンは、ピッチフレーミングにおいて、2011年シーズンにリーグ2位の成績を残していました。

現在セントルイス・カージナルスに所属し、のちの2013年WBCで日本が準決勝で敗れたプエルトリコの正捕手を務めていた、あのヤディアー・モリーナをも上回る成績です。なお城島健司は…(以下略。*1

さらに驚きなのは、ピッチフレーミングの技術は年齢による衰えがないことです。

パイレーツは、マーティンのピッチフレーミングに投資する決断を下しました。

ということは、逆にピッチフレーミングの悪い捕手を相手に投げていたピッチャーで、図らずも成績が悪化している選手もいるのではないか?パイレーツはそう考えました。

完全に終わった選手と評されたフランシスコ・リリアーノの獲得

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ミネソタ・ツインズでメジャーデビューしたリリアーノは、かつてリーグを代表する若手投手の一人として見られていました。

150キロ台後半の力あるストレートに加え、天下一品のスライダーを武器としていました。

ところが、2008年にトミージョン手術を受けることになります。

復帰後のリリアーノにかつての姿はなく、2010年こそ14勝をあげるも、2009年から2012年までの4シーズンのうち3シーズンで防御率は5点台を記録しました。ツインズはとうとうリリアーノを諦め、2012年シーズン中にシカゴ・ホワイトソックスに放出し、オフにFAとなりました。

2012年シーズンにリリアーノがバッテリーを組んでいた捕手は、平均的なピッチフレーミングを持つジョー・マウアー、平均以下のドリュー・ブテラとライアン・ドゥーミットでした。なおブテラとドゥーミットと組んだ時のリリアーノの防御率は10.57です。

ホワイトソックス移籍後も、A.J.ピアジンスキーという平均以下のピッチフレーミングを持つ捕手と組んでいたのです。

パイレーツが獲得したマーティンと組ませることで、四球を減らし、決め球であるスライダーを有効に活用することができれば、成績の大幅な改善が見込めると判断し、リリアーノの獲得を決断したのです。

しかしながら、数字上では2年連続防御率5点台に終わっている投手であり、ピッツバーグのマスコミからはマーティンの獲得と共に「狂ってた契約」「無駄金」などと大批判を浴びるような戦力補強でした。

パイレーツの2012年オフの目立った補強は、これにて終了です。終わったと評された選手2名の獲得のみです。

ここから先の上積みは、現有の戦力で何とかしなければなりませんでした。

ビッグデータに基づく守備シフトとマーティンのピッチフレーミングを活かしたピッチングの修正

マーティンのピッチフレーミングにより、ストライクが増えるのは間違いありません。

守備シフトの採用により、内野ゴロのアウトの確率も高まることでしょう。

となれば、内野ゴロを多く打たせればいいと考えます。

その鍵を握っているのが「ツーシーム・ファストボール」です。

2013年のパイレーツは守備シフト・ピッチフレーミング・ツーシームの三本の矢で、戦うことを決めたのです。

速球派投手の代表格であるエースのA.J.バーネットや、トミージョン手術から復帰したチャーリー・モートンなどは、以前に比べて明らかにツーシームを投げる割合を増やしました。

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エースのA.J.バーネットは元々は速球派投手でした。パイレーツ移籍をきっかけに、ツーシームの投球比率をニューヨーク・ヤンキース時代の2011年には13.6%だったのが、移籍後の2012年には35.6%まで上げました。結果、メジャー全体で2番目にゴロを打たせる投手に変貌しました。それまでは平均以下のゴロ率だったのにです。

そうして、バーネットは2013年36歳にして自己ベストの防御率を記録しました。

簡潔に書きましたが、エゴの塊であるピッチャーに投球スタイルの変化を求めるのは一筋縄ではありません。

パイレーツの投手コーチであるレイ・シーレッジとジム・ベネディクトの功績が非常に大きいです。

そうして、パイレーツは前年から25勝の上積みに成功した

ビッグデータに基づく守備シフトによって、2013年のチーム守備防御点はプラス68点と、前年度に比べて93点も向上しました。これだけで9.3勝分増えたことになります。

この9.3勝を仮にFA補強で補おうとした場合は、5000万ドルかかるとされています。パイレーツは守備シフトを変えるだけで5000万ドルの価値を生み出しました。

リリアーノは見事な復活を果たしました。チーム最多の16勝(8敗)をあげ、防御率3.02を記録しました。

2014年は7勝に終わりましたが、2015年は12勝7敗205奪三振とエース格の働きをしています。

マーティンはその後、2014年シーズンオフにFAとなり、トロント・ブルージェイズと5年総額8200万ドルの大型契約を手にしました。この頃にはマーティンのピッチフレーミングの価値を、他球団も認めるようになっていたのです。

ところが、パイレーツで過ごした2年間に突出した打撃成績を残したわけではありません。

そこで、ぜひともこの動画を見て欲しいです。これは2014年プレーオフで、サンフランシスコ・ジャイアンツに8点ビハインドで迎えた最終回に、マーティンが打席に立った場面の動画です。

Wild Card: Giants vs. Pirates [Full Game HD] - YouTube(2:18:20頃から再生)

「Resign Russ!(ラッセル・マーティンと再契約しろ!)」の大合唱が沸き起こり、凡退した後もスタンディングオベーションと大歓声です。パイレーツファンの誰もが数字に見えないマーティンのMVP級の活躍を認めていた何よりの証拠です。

今回と前回の記事で、パイレーツのビッグデータベースボールを紹介させていただきましたが、わたしが紹介したのはごく一部です。他にもドラフト戦略、選手の怪我対策、分析官がチームどう馴染んだか、などなど様々な要因について書かれています。

ビッグデータベースボールとはこれだ!と言ったり、鍵を握っている人物はこの人だ!と言ったりできるほど単純な話ではありません。

パイレーツ躍進の物語の主人公はパイレーツに関わる人物全員です。

フロントからコーチ、選手に至る全ての人間が一丸となって低予算チームながら、プレーオフに3年連続で進出するチームを作り上げました。ビッグデータベースボールは単なる数字やデータを扱う野球の話ではありません。

ビッグデータベースボールの真髄について、あますことなく書いてある本書は、野球好き、特にデータ好きにはたまらない歴史的な名書です。マネー・ボールが面白いと思った人は確実にハマることでしょう。わたし自身、感動のあまり、二つも記事を書いてしまったくらいです。

メジャーリーグで流行ったことは、数年経って日本にやってくることでしょう。

その時のためにも、本書で予習してみるのもいいかもしれません。

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本記事の前編となる記事です。

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メジャーリーグの監督は、現役時代どんな選手だったのか調べた記事です。

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野球関連本で鳥肌が立った一冊です。

*1:城島健司はメジャーワースト4位でした。ノムさんが城島をダメ捕手と批判するのも分かるデータの一つです。