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1試合で24失点を喫した投手、アラン・トラヴァースとは何者か?

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1912年5月15日、デトロイトタイガースに所属するタイ・カッブは観客のヤジに激高し、スタンドに殴りこむ事件が起きました。

このため、メジャーリーグ機構は、タイ・カッブの無期限出場停止処分という裁定を下しますが、この処分を不服としたチームメイトは5月18日のフィラデルフィア・アスレチックス*1との試合をボイコット、つまりストライキを決行します。

タイガースは急遽、街で素人を寄せ集めて、試合を行うことにしました。

この事件については、『トリビアの泉』でも放送されていたこともあり、比較的有名だと思います。

アラン・トラヴァースという人物は、その試合で先発した投手です。

この前年度チャンピオン対ド素人軍団という、ある意味世紀の一戦を見ようと2万人の観衆を集まったアスレチックス本拠地のシャイブパークで、トラヴァースは24失点完投という投球を披露しました。

先日の野球U-18アジア大会での日本vsインドネシアの1戦が35-0の5回コールドだったことを考えれば、前年度チャンピオンであるアスレチックスを相手に24失点完投は堂々たるピッチングではないでしょうか。

トラヴァースだけでなく、守備についていた選手たちも皆素人だったのでしょうか?普通ならエラー連発で試合にならないような気がします。

ということが気になったので、詳しく調べてみました。

寄せ集め集団は一体、誰が行ったのか?

そもそも、タイ・カッブへの無期限出場停止処分はやり過ぎだと、タイガースの首脳陣は感じていました。

選手がストライキして、試合が出来なくなれば、処分を下したリーグ機構も考えを改めるだろうと考えていました。

ところが、リーグ機構は『試合が出来ないなら、罰金5000ドルを払え』と、強硬な態度を示しました。

タイガースのオーナーであったフランク・ナヴィンは慌てて、罰金の支払いを避けるために、監督であるヒューイー・ジェニングスに、試合を行うために出場出来る代替選手を探すように命じました。

しかし、場所はタイガースにとってアウェイの地であるフィラデルフィアです。前日には同じくフィラデルフィア・アスレチックスと試合を行っていて、6-3でタイガースが勝利しているので、恐らく試合前日の夜、もしくは18日の試合当日に出場選手探しをしたものと思われます。

ジェニングス監督は、フィラデルフィアに住む知人のジョー・ノーランというスポーツ記者に、タイガースの代わりになるような野球チームを探してくれとお願いしました。

ノーランは近くにあるセントジョセフ大学を訪れ、大学野球チームのアシスタントマネージャーを務めていた人物にコンタクトを取ります。その人がアラン・トラヴァースでした。

トラヴァースは20歳の学生でした。セントジョセフ大学に通い、学生オーケストラのバイオリニストを務めるかたわら、大学野球チームのマネージャーを務めていたようです。そのため、トラヴァース自身は全く野球経験がありませんでした。

ノーランはトラヴァースに、『出場した人には25ドルを支払う』ということでタイガースの代わりに出場してくれる人を10〜12名ほど見つけて欲しいとお願いしました。(なお、トラヴァース自身は投手で出場したこともあり、倍の50ドルを受け取ったようです。)

そうして、トラヴァース自身がメジャーリーグの試合に出場する人を探したのです。

トラヴァースが連れてきた8名の素人

時間が無いなか、選手探しは難航し、結局8名しか見つからなかったようです。

25歳のVincent Maney、26歳のHap Ward、23歳のJim McGarr、30歳のEd Irvin、18歳のJack Smith、年齢不明なDan McGarveyの6名は、地元の草野球チームの選手たちです。

31歳のBilly Mahargと18歳のBill Leinhauserは、ウェルター級のアマチュアボクサーです。

この人たちに加えて、タイガースのコーチである48歳のDeacon McGuireと、同じくコーチである41歳のJoe Sugden、監督である43歳のジェニングス、そして素人を呼び集めた20歳のトラヴァース自身の計12名で試合に臨むことになりました。

世紀の一戦のスターティングメンバーは?

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P アラン・トラヴァース
C Deacon McGuire(コーチ)
1B Joe Sugden(コーチ)
2B Jim McGarr
3B Ed Irvin
SS Vincent Maney
OF Hap Ward
OF Dan McGarvey
OF Bill Leinhauser(ボクサー)

というメンバーです。

※守備位置については、スタメン表や打順の記録を見つけることが出来なかったので、『Baseball Reference』というサイトで調べたデータ(守備機会の記録)から推測したものです。


Deacon McGuireはメジャー通算1750安打、通算打率.278を記録している強打の捕手です。

Joe Sugdenもメジャー実働12年で696安打を放った一塁手で、監督のジェニングスは通算打率.312を残した名選手です。

捕手と一塁手が数年のブランクがあるとはいえ、メジャーリーグで活躍していたプレーヤーだったため、一般的に言われている”素人を寄せ集めてつくられたチーム”と言うには、多少語弊があるかもしれません。

それでも、他のポジションは草野球レベルの選手たちで寄せ集めと評されても仕方ないと思います。


やはり気になることは、全くのド素人であるトラヴァースが先発になった理由です。

ハッキリとした理由はわかりませんでしたが、わたしの推測では、

  • ノーランから大変な選手集めを依頼され、晴れのメジャーリーグの舞台で登板する権利をトラヴァースに与えたかったため
  • トラヴァース自身、お金欲しさ(投手には50ドルが払われた)に、野球経験があるかのように嘘をついて登板した
  • 散々なスコアで負けるのが目に見えていて、大敗した投手という汚名を背負うのは自分だけでいい、という正義感があったため

ではないかと思います。

個人的には3番目の『汚名を背負うのは自分だけでいい』という線が、一番あり得るのではないかと思っています。

トラヴァースは、後にカトリックの神父さんとなります。1912年当時は神父さんの見習いのようなことをしていたそうです。

そのような聖職者を志していた20歳の若者が、功名心やカネのために『世紀の一戦』の先発投手を引き受けるとは思えないからです。ノーランから選手を探してくれと依頼された時も、困っている人を放っておけない性格だったからではないでしょうか。

また、長らくの間トラヴァース自身は、この試合のことを人に話したがらなかったそうです。トラヴァースはこの試合の出来事を『あまり良い出来事ではない』と思っていたからではないでしょうか。

ともかく、ズブの素人であるトラヴァースが先発することになりますが、監督のジェニングスにはある秘策がありました。

徹底的なスローボール投法で、アスレチックス打線を翻弄するも

後にトラヴァース自身は『あれはスローカーブだ』と振り返ったそうですが、徹底的にスローボールを投げるという作戦を実行しました。

その甲斐あって、アスレチックス打線を4回まで6失点に抑えます。

さらに味方打線も奮起して、元プロのコーチの二人がそれぞれ別のイニングでヒットで出塁すると、後続のEd Irvinが2本のタイムリースリーベースを放ち、2点を取ります。

4回の攻防を終えて、6-2とタイガース4点ビハインドという意外な健闘を見せます。

しかし、5回からアスレチックス打線はバント攻めを敢行します。

捕手と一塁手が元プロとはいえ、ザル守備の内野陣は崩壊し、タイガースは5回以降で18失点を喫してしまいます。

終盤には、代打オレならぬジェニングス監督自身が代打で出場するも凡打に倒れ、最終的に24-2でタイガースは敗北しました。

世紀の一戦の出場成績

Allan Travers(P)

8回24失点14自責点、26被安打、7与四死球、1奪三振、防御率15.75
3打数0安打1三振
7補殺、0失策

Deacon McGuire(C)

2打数1安打1得点
2刺殺3補殺、2失策

Joe Sugden(1B)

4打数1安打1得点
13刺殺3補殺、1失策

Jim McGarr(2B)

4打数0安打4三振
1刺殺3補殺、1失策

Ed Irvin(3B)

3打数2安打2三塁打2打点1三振
1補殺、1失策

Billy Maharg(3B)

1打数0安打
2刺殺2補殺、0失策

Jack Smith(3B)

1打数0安打
2刺殺1補殺、0失策

Vincent Maney(SS)

2打数0安打2三振2四死球
3刺殺2補殺1ダブルプレー、1失策

Hap Ward(OF)

2打数0安打2三振
2刺殺、0失策

Dan McGarvey(OF)

3打数0安打1四球1三振
1刺殺1補殺、1失策

Bill Leinhauser(OF)

4打数0安打3三振
1補殺、0失策

Hughie Jennings(PH)

1打数0安打
守備機会なし

※データは全て『Baseball Reference』より

※刺殺数や打数など合計すると、アウトカウントとの誤差が生まれるので、上記サイトのデータの信ぴょう性は若干怪しいです…。

トラヴァースの1試合24失点、26被安打は、現在のア・リーグ記録です。*2

また、コーチのDeacon McGuireは、この1試合に出場したおかげで、メジャーリーグ実働26年という記録を樹立し、1993年にノーラン・ライアンが実働27年で記録更新するまではメジャーリーグ記録でした。

というように、記録づくめとなった1日でした。


しかし、ここでも疑問が沸きます。

1、ド素人であったトラヴァースがスローボールをコントロール出来ていたのは何故か?(トラヴァースは8イニングで7四死球という、素人ということを考えると上出来すぎる成績だった)

2、いくら見慣れないスローボールとは言え、バントをしなくても打線爆発したのではないか?

成績だけ見ると、トラヴァースが「全く野球経験の無い素人」だと言うことに疑問を感じます。スローボールとは言え、18mも離れた小さなストライクゾーンにボールを投げ込み続けることは、非常に難しいことです。

ただ、わたしは、アスレチックスがこの馬鹿げた試合に抗議する意味合いで、積極的に打ちに出る、バント攻勢で白けさせることを行ったのではないかと思っています。

なので、多少の悪球でも打ちに行っていたのではないかなと思うのです。

参考URLの記事にも『(トラヴァースが)美しいスローボールを投げると、アスレチックス打線はただイージーフライを打ち上げていた』『3回が終わると、観客は嫌悪感を示し、入場料の払い戻しを求めた』という記述があります。

試合の序盤は多少の悪球でもスローボールを打ちに行きポップフライを打ち上げ、中盤はひたすらバント攻勢で点を取ることに、観客も嫌気が差していたのではないかと思います。

このような試合を続けられてはたまらないと感じたのか、リーグ機構は肝心のタイ・カッブの無期限出場停止処分は10試合出場停止に軽減すると発表しました。そうして、翌試合からは元通りタイガースのレギュラー選手が出場するようになったのです。

一連の事件を踏まえて、選手登録を行っていない選手を出場させることは出来ないという規定が生まれたそうで、後のメジャーリーグの複雑なロースターシステム誕生へと繋がっていったのだと思います。

まとめ

http://bioproj.sabr.org/bp_ftp/Images/Travers.jpg

果たしてトラヴァースは本当に野球の素人だったのか、これはトラヴァース自身のみぞ知ると言ったところです。

しかし、1試合24失点、26被安打等、メジャーリーグの歴史に大きなインパクトを残す結果となり、『MLB史上最悪な選手ワースト100』にも選出されています。

ある意味、全くの無名選手より有名となり、歴史に名を残す結果となったことは、本人にとっては良くないことだったかもしれませんが、野球ファンとしては興味深い一件でした。

・参考URL

Allan Travers | Society for American Baseball Research

Aloysius Stanislaus Travers- America’s Worst Professional Player Of All Time | America Fun Fact of the Day

1912 Detroit Tigers Batting, Pitching, & Fielding Statistics | Baseball-Reference.com

1912 Detroit Tigers season - Wikipedia, the free encyclopedia

わたしは英語が得意ではないので、Google翻訳にかけながら読みました。なので、わたしの解釈が間違っている可能性も十分にあります。

ここがおかしいとか、ツッコミどころがあれば教えていただけると幸いです。

・関連記事

本記事とほぼ同時期の1914年頃のお話です。事実は小説より奇なり、と言える話です。

フィラデルフィア・アスレチックスの正二塁手を務めていたエディ・コリンズは後に3000安打を達成し、二塁手として最も多くのヒットを放つ選手となりました。

タイ・カッブは通算4191安打を放ちました。この記録をピート・ローズが更新することになりました。

*1:現・オークランド・アスレチックス

*2:メジャーリーグ記録は1882年にデーブ・ロウという本来は外野手の選手が記録した35失点、29飛安打