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メジャーリーグで最先端の「ビッグデータベースボール」とは何か?

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かつて桑田真澄・高橋尚成・岩村明憲が所属したこともあるピッツバーグ・パイレーツは、20年連続負け越しという北米スポーツ史上ワースト記録を所持しています。

2013年シーズンに、94勝68敗でようやく勝ち越すことが出来ました。

今回、わたしは『ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法』を読んで、感動の一言では表しきれないほどの衝撃と興奮を覚えました!

パイレーツが急に強くなった理由が、手に取るように分かったからです!

今回は、本のタイトルにもある、「ビッグデータベースボール」とは何なのか、お話していきたいと思います。

2012年シーズン終了時点でのパイレーツの戦力

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2012年のパイレーツは79勝83敗で地区4位でしたが、同地区には再建モード真っ最中のシカゴ・カブスとヒューストン・アストロズが共に100敗以上の大敗を喫しているため、パイレーツは数字の印象以上に勝てなかったシーズンでした。

先発投手はエースのA.J.バーネットこそ16勝10敗の成績を残しましたが、他の投手は疑問符だらけでした。

2012年、正捕手を務めたロッド・バラハスとは契約更新しないことを決めていて、他に正捕手を任せられる選手はいません。

内野では、ペドロ・アルバレスが30HRを放ち主軸として台頭しつつありますが、空振りが異様に多い上に守備力も低いです。

ファーストは日本でもお馴染みのギャビー・サンチェスとギャレット・ジョーンズのプラトーン*1で共に粗い選手であることは周知の通りです。

セカンドにはニール・ウォーカーという生え抜きのスター候補がいます。

ショートはクリント・バームスという典型的な専守防衛型の打てないショートです。

外野はゴールデングラブ&シルバースラッガー賞に輝いたアンドリュー・マカッチェンというメジャー屈指のスーパースター選手がいて、スターリング・マルテという若手の有望選手も台頭しつつあります。

これら選手の年俸総額は6100万ドル(約67億円)です。メジャー30球団中29位の低予算でした。

翌2013年シーズン、パイレーツは94勝68敗で地区2位、ワイルドカードを勝ち抜き、カージナルスとのプレーオフに破れはしたものの、20年連続負け越しに終止符を打った以上の大躍進を遂げました。

2013年の年俸総額は7500万ドル(約83億円)です。メジャー30球団中25位という低予算に変わりはありませんでした。

前年度からたったの1400万ドルの年俸の上積みだけで、20年負け越しのチームがプレーオフに進出するチームに変貌を遂げたのは一体なぜでしょうか?

勝ち星を上積みするためには、選手補強しかないのか?

2012年オフ、パイレーツ戦力補強費の予算は1500万ドルです。

FA市場のエース級投手は、年俸2000万ドルオーバーが当たり前で、ローテ3〜4番手クラスの選手ですら1000万ドルは超えてくるような相場です。

攻撃面でも、主軸を任せられるような選手は当然2000万ドルオーバーであり、FA市場の目玉選手を獲得するような補強はパイレーツには不可能な話です。

正捕手が不在なので、このオフの補強は先発投手と捕手の獲得が急務です。よって、攻撃面は現有戦力で乗り切るしかありません。1500万ドルで先発投手と正捕手を補強することすら疑問なのですから。

となると、10〜20勝を上積みするためには、更なる得点を期待出来ない以上、失点をより防ぐしかありません。

失点を防ぐための革命的なアイデア

失点を防ぐため、つまりチームの投手力・守備力の強化が必要となります。

残念ながら予算の都合で投手力が大きく向上するだけの補強は出来ません。となると、守備力の強化が現実的なアイデアとなります。

しかしながら、2012年のパイレーツは、チーム守備防御点がマイナス25点であり*2、守備に関しては平均以下のチームでした。

さて、とある野球マニアの話をしたいと思います。

2011年シーズン、メジャーリーグで最も守備が良かったのはタンパベイ・レイズで、守備防御点はプラス85点でした。平均的な守備力を持つチームに比べて、守備だけで8〜9勝を上積み出来ていることになります。

そのレイズは2011年シーズンに最も積極的に極端な守備シフトを採用したチームになります。例えば、引っ張る傾向が強い左打者に対して、一二塁間にショート・セカンド・ファーストが守るような、通称:王シフトのような守備シフトを、216回行いました。

極端な守備シフトを100回以上採用したチームはレイズを含め4球団のみです。216回がいかに突出している数字であることが分かります。

とある野球マニアは考えました。極端な守備シフトを最も採用しているチームが最も守備がいいチームであることは単なる偶然なのだろうか、と。

この野球マニアは、他にも比較調査を行いました。ミルウォーキー・ブルワーズの2010年と2011年の守備を比較しました。

2010年のブルワーズの内野陣は、一塁のプリンス・フィルダーは一塁手としてメジャーワーストの守備防御点マイナス17点、二塁手のリッキー・ウィークスはマイナス16点でワースト2位、ショートのユニエスキー・ベタンコート*3は2010年はカンザスシティ・ロイヤルズに在籍しリーグワーストのマイナス27点、三塁手のケーシー・マギー*4はマイナス14点でリーグ31位でした。

こんなにボロボロの内野陣も珍しいです。

2010年シーズンは守備シフトを22回しか採用しなかったブルワーズが、2011年シーズンはレイズに次ぐ170回採用しました。

結果として、フィルダーは前年より8点多くの失点を防ぎ、ウィークスは9点、マギーは17点、ベタンコートは20点の失点を防ぎました。内野手だけで守備防御点が56点も向上し、守備シフトを採用しただけで5〜6勝は上積み出来た計算となります。

2010年は77勝だったチームは、2011年には96勝を記録することが出来たのです。

どうやら、守備力の向上には守備シフトの採用が鍵を握っているようだと分かります。

野球マニアの間では、守備シフトの採用が重要であると盛んに論議されていますが、先述した通り2011年時点では100回以上守備シフトを採用したチームは4球団に過ぎません。

とある野球マニアにして野球ブロガーだったダン・フォックスを分析官として雇う

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↑パイレーツGMのニール・ハンティントン

2008年にニール・ハンティントンに誘われ、ただの野球マニアであったダン・フォックスはパイレーツのスタッフの一員となりました。

フォックスはそれまでに歴代のMLBの選手の打球方向をデータベース化したり、投手の変化球の軌道を数値化するなど、大量のデータを扱って規則性・法則性を導き出すことが得意な人物なのです。

2008年からマイナーリーグで守備シフトに関するデータ収集を始めます。

2010年に実験の場をパイレーツ傘下のマイナーチームに移し、極端な守備シフトによる実験を行いました。

結果は明らかに守備シフトを採用した方がアウトになる確率が高くなっていることが判明したのです。

ところが、2011〜2012年とメジャーリーグのパイレーツでは、極端な守備シフトを多く採用するには至りませんでした。

現場を預かるハードル監督が納得していなかったからでした。

しかし、2013年は自らの進退もかかり、20年連続負け越しに終止符を打ってプレーオフに進出するためには、なりふり構っていられません。

ハードルは重い腰を上げ、極端な守備シフトの採用を決断したのです。

これだけで20勝近く勝ち星を上積み出来るわけではありません。

パイレーツには先発投手と正捕手が足りていません。予算は1500万ドル。一体どのように補強していけば良いのでしょうか。

これは別の機会にお話することにしましょう。

ビッグデータベースボールとは何か?

セイバーメトリクスの考え方は、安打数や四球数など目に見える数字を組み合わせて、選手の実力を評価するものでした。

ビッグデータベースボールの考え方は、これら成績表に現れないデータを分析して活用していく考え方です。

守備位置の違いによるアウトになる確率の違い、打者の打球がどの方向に飛んだか、ピッチャーの変化球の軌道の違いなど、これらのデータを手にするためには尋常ではないデータサンプルが必要となります。

それらデータサンプルだけでは、意味を持たないため、大量のデータサンプルを分析して、実際の野球に活かす分析官の役割が重要となります。打者の打球がどの方向に飛ぶやすいところに、あらかじめ内野手を配置する守備シフトの採用のようにです。

パイレーツが2013年に躍進した原因の一つは、この分析官の働きが良かったこともあります。

ところが、分析官は元々野球マニアで、野球選手だったわけではありません。いわば野球の素人です。

野球に関しては素人ですが、データの扱いに関しては、プロ野球選手たちより遥かに長けているのです。

2014年シーズン以降、メジャーリーグ全体では極端な守備シフトが大流行するに至ります。

パイレーツは、打者ごとのみならず、カウントごとに内野・外野ともにシフトを動かすという最先端の守備シフトを採用していきます。

2013年以降3年連続でプレーオフに進出する強豪チームへと変貌を遂げていました。

2013年以降のオークランド・アスレチックスに至っては、内野にゴロを転がすとアウトになりやすいことから、フライを打ちやすい選手をオーダーに並べることで得点力をアップさせています。メジャー平均のフライ率は39%のところを、アスレチックス打線は実に60%ものフライ率を記録しています。

アスレチックスの分析官たちは、ゴロを打つ選手よりも、フライを打つ選手の方が得点力が高いと分析したのです。これもビッグデータを分析した結果です。

このように、ビッグデータベースボールは日々進化して、日々新たなアイデアが現場で採用されていることでしょう。

さらなる高みを目指して、念願のワールドシリーズに向けて、2016年シーズンを戦うパイレーツから目が離せません!

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メジャーリーグの戦力均衡策について解説した記事です。

www.akisane.com

年俸事情について解説しています。

*1:相手の先発投手が右投手の時は左打者であるジョーンズを先発させ、左投手の場合はサンチェスというように使い分けること

*2:平均的な野手に比べて何点失点を防いだか、または何点余計に失点させたかを示す数値。マイナス25点ということは平均的なチームに比べて、守備のせいで25点余計に失点していることを示している。なお一般的にプラス10点で1勝の上積みが出来ると計算されている。

*3:後にオリックス・バファローズに入団するあの人です

*4:後に楽天イーグルスに入団するあの人です